esminのブログ 〜わやだがね〜

3人の息子(専1,中3,小2)の子育てと旦那、家族を中心に、日々思ったことや愚痴、時々本の感想などを気ままに書いています。

認可保育園の結果

こんにちは、えすみんです。

 

共働きである我が家にとって、認可保育園に入れる入れないかは、とても重要な問題。

上2人の時は、私は正社員だったし、そもそもここまで激戦になるほどでもなかったので、すんなり入れた。

問題は三男。

三男の場合、前にも少し書いたように、次男との間で4回も流産をしたため、もうできないだろうと諦めた上に、長男の問題を抱えたため、仕事を辞めたのだ。

そして、辞めた時年長の次男のために、認可保育園に預けられる最低ラインで、パートの仕事をした。この頃には、だいぶ激戦区になっていて、待機児童も増える一方。

認可保育園もそこそこできたが、それ以上の速さで、待機児童が増えた。無認可(認証)保育園も増えたが、入るためには、早めに予約をしなくてはいけないほとに。ひどいところは、1年前から予約をし、入園金みたいなのを払わされ、認可に受かって、いかない場合でも返しませんよっていうところもある。

 

1年育休を取った後に、認可保育園の申し込みをしたがやっぱりパートでは入れるわけもなく。無認可は高すぎるからと、保活もあまりせず。

仕方なく、週3で見てくれる一時保育に預け、パートも週4から週3に変更した。

一時保育も意外と金額がいく。

長男の私立の学費もあるし、やっぱりフルで働きたい。

そのためには、三男を保育園に入れなくてはならない。

偶然にも家からそれほど遠くない無認可に空きが出た!

早速見学に行き、申し込みを済ませて、預けることにした。

高いけど、フルタイムで頑張れば、学費と保育料を稼ぐことはできる。

というわけで、就職活動をして、派遣だが、フルタイムの仕事が決まり、働き始めた。

で、2度目の認可保育園の申請。

フルタイムで1年以上働いている、半年以上働いているで、1点の差がある。

私がフルタイムになって、10ヶ月。

うーん、この一点の差は大きい。

 

先週土曜日に結果が来た。

結果は、保留。

やっぱりダメでした。

決定後キャンセルなどで空きが出ることがあり、来月保留の人たちの中からまた選考されて、結果が届く。

可能性はまだあるけど、たぶん無理だろうな。

 

0歳1歳で入れないと、かなり厳しいから、もうこのまま無認可の覚悟。

年長さんクラスになると人数が少ないのが可愛そう。運動会もかけっこやリレーもないし。

かといって、幼稚園ではフルタイムでは働けないし。

 

家やマンションを次々建てるのはいいが、受け皿を作ってからにして欲しいわ、ホントに。

チョコのリメイク

こんばんは、えすみんです。

 

突然ですが、チョコが好き。

カカオ多めのダークチョコ。

マカダミアナッツ入りやアーモンド入り。

 

コストコで、ハーシーズのチョコを買った。

海外のチョコは、口に合わないのが多いけど、ハーシーズは前にも食べたことがあり、大丈夫だろうと。

 

でも、ダメだった〜。

合わなかった〜。

しかも、コストコだもん。

大量〜。

 

どうする?

ってことで、リメイク。

 

ホットケーキミックスに、溶かしたチョコを混ぜ合わせ、炊飯器で炊いた。

なかなか良い出来〜。

ちょうどホイップクリームが家にあり、それを付けたら、かなり美味しかった!

チョコはまだまだあるから、まだいろいろ楽しめそう。

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HMにチョコで炊飯器ケーキ

 

長男の育児を振り返る(3)

こんばんは、えすみんです。

再び、長男のことを振り返ろうと思います。

 

小2の担任の先生は、ベテランの女性でした。ただ厳しくなかったです。

特に問題はなかったのですが、どうしても気に入らなかったのは、宿題のこと。

宿題をきちんと集めなかった点。

朝来たら、自主的に宿題を箱に入れるという仕組みだった。

出さなかったからといって、出しなさいとか、明日持って来なさいという指示もなく、連絡帳に書かれたりもしない。

学校の準備は一緒にしていて、忘れずに持って行ってたから、まさか出してないとはこちらも思っていなくて、夏休み前の個人面談で、宿題を出してないと初めて聞かされた。

こっちは持たせてるから、ちゃんと集めてくださいと言ったものの、先生はそういう強制はしたくないとか言って、意味わからない。

結局、宿題をやったところで、出さなくてもいいという気持ちが、長男には芽生えてしまい、そのうちに宿題をやらなくなってしまった。結局、こちらがかなり強い口調で言わないと宿題をしなくなってしまった。

クラスでどうしても気の合わない女の子がいて、その子としょっちゅう言い合いをするようになったらしく、席を離すようにしましたと、先生から連絡をもらう。

1年生と公園に出かけるという授業で、手を繋いでいた1年生の女の子に怪我をさせてしまい、電話で謝った。この時の担任の先生の対応もイマイチだった。怪我をしたと知らされたのは、ずいぶん経ってからで、1年生の子の親から謝りの電話がないとクレームが入って、ようやく私に知らされた。

楽しみにしていたスイミングも体操教室も行けなくて、子どもが残念がってます。というようなことを言われた。とりあえず謝ることしかできないので、ひたすら謝る。

他の人に謝りの電話をするなんて、思ってもいなかったし、これが初めてのことだったが、この後もう謝りのベテランになるほど、電話をすることになる。

 

2年生ではその後大きな問題はなく、3年生に。

3年生の担任は、新任の新人の女の先生だった。

大丈夫かな?とちょっと思ったが、4月の最初の面談では結構はっきりしてたし、意欲はあったので、まあ大丈夫かなと。宿題の件だけは、きっちり集めてもらうようにお願いした。

しかし、やはり大丈夫ではなかった。この3年生のゴタゴタを結局6年になるまで引きずることになる。

クラスで同じようなやんちゃな子がいて、その子と授業中に喧嘩になり、廊下に出されるとか、テストをビリビリに破くとか、テストを白紙で出したり、全部黒く塗りつぶしたり…。

帽子を取ろうとしない。先生が授業中は取るようにいっても取らないということで電話をもらった。

また、落ちていた縄跳びの持つところに、水を入れて遊んだ。とか、

体育の授業で体育館に行ったが、体育館の鍵で遊び出し、失くしたとか、

そういう細かいことで電話をもらうようになった。

学校で解決する能力がもうないんだなという思いもこちらには出てきてしまった。

 

ちょうどこの頃、入っていたリトルリーグでも問題があった。

とにかく長男の学年は人数が集まらず、この時わずか2人。1つ上の学年は10人以上いたのに。

で、いろいろあって、2人のうちのどちらかの父親が監督をしなくてはならない状況に。

性格的に全然監督なんてやる器じゃないのに、もう1人の人より野球に詳しいということで、旦那が監督になってしまった。

ただでさえ家で厳しいのに、野球でも監督で厳しくて、すぐに怒るし。

家でも父親というより監督みたいな感じで、一緒にいても気分が悪くなるくらい。

長男がだらしないこともあるが、あれがダメ、これがダメって。野球の話もああしろこうしろって。

私はこの時の厳しさが、長男を問題児にしてしまったのではないかと考えている。

もちろん、これだけが原因というわけではないけど、とても大きな要因になったんじゃないかと。

 

私の仕事もその頃上司とうまくいってなかった。とにかく子育てに理解のない上司であったし、職場を円滑にすることだけを考えた上司だったので、子どもが熱で休むことにも理解がなかったし、授業参観とかもダメだった。他の人の有給が入ってるから無理って。あなたばかり休んでるとも言われた。

次男はまだ保育園で、毎日送り迎えをしていたから、残業もほとんどしていなかったのも気に入らなかったと思う。その分仕事はちゃんとやろうと結構頑張っていた。あまり評価はされなかったけど。

朝7時に家を出て、夜7時に保育園にお迎え、通勤時間は片道40分。

その間3度の流産を経験する。

 

長男と一緒にいる時間が増えたら、長男も落ち着くのではないかと考えるようになる。仕事が辛くなったのもあるかもしれない。

長男に、お母さんが仕事を辞めたら、一緒にいられるようになる。だけど、貧乏になっちゃうよ。好きなおもちゃも買えないし、お寿司を食べに行くこともできなくなるよ。それでもいい?と聞いた。

長男が貧乏になるということをどれくらい理解しているのかわからないけど、長男は貧乏になってもいいから、お母さんが家にいて欲しいと。

長男の気持ちも考え辞めようか、でも経済的には働いた方がいいしと、思案していた時に、学校からの呼び出しがあった。

放課後、夫婦揃って学校へ行く。

学年主任の先生(2年の時の担任)と担任の先生、夫婦2人で話し合い。

今振り返っても、どんな話をしたのかあまり覚えていない。問題が多すぎて、どうしていいかもわからなかった上に、この2人の先生をもう信用できなくなっていたから。何を言われても、納得できなかったような気がする。

ただ、はっきり覚えているのは、旦那の発言。

 

「悪いのはこいつなんですよ。仕事辞める辞めると言いながら、なかなか辞めないから、子どもがダメなんですよ。」

 

は?!わたしのせいなの?

もしそうだったとしても、それを先生の前で言うの?え?!

 

かなりのショック。その後そのことで旦那と口論になったような気もするが、よく覚えていない。

 

そんなこと言うならホントに辞めてやろうと決意した時、妊娠が発覚。

もしこの妊娠がうまくいけば、産休育休に入るから、仕事を辞めなくても家にいることができる。1年一緒にいられたら、長男も落ち着くのではないかと思った。

しかし、そんなにうまくいかず、やっぱり流産。これで4度目。

 

もうダメだと思ったので、退職を決意し、上司にも言った。引き止められたが、長男の様子を伝え、子どもとの時間を作りたいと納得してもらった。実際にもう少し休みの融通が利いていたら、辞めなくても良かったかもしれないということは、上司には言わなかったが、今思えば言っておけば良かった。

 

後々聞いたら、3年生のときは、長男のクラスだけでなく、他のクラスも先生がうつ病になったりと、荒れていた時代だったようだ。長男のことしかわかっていなかったので、全然知らなかった。

結局3年生の最後まで、長男は落ち着くこともなく、言われたらすぐ言い返したり、手が出たり足が出たり、授業中も廊下に出ることが多く、ほとんど聞いていなかった。

旦那の野球の監督もまだ続いていた。あいかわらず…。

 

どれだけ問題があっても、4年生になった。私は退職したが、同じ職場で一度に3人も辞めることになり、学校に行ってる間だけの約束でパートで残って仕事をした。

子どもをいってらっしゃいと見送り、おかえりと迎える生活が始まる。

 

 

 

いつまでたっても・・・

こんばんは、えすみんです。

  長男の話ばかりで、まだまだ話は尽きないのだけど、ちょっと寄り道。

 

土曜日のこと。

車で買い物の帰りに、お金を下ろしたいから郵便局に寄ってとお願いした。

スーパーから郵便局に向かって行くと、右側に郵便局がある。

交差点の角にあるので、少し手前で停車してもらうのが通常。

だけど、土曜日はいつも停車するところに、トラックが停まっていたので、停められないからと、私だけ降りてお金を下ろしてる間に、ぐるっと回ってくるねと旦那が言う。

 

スーパーの方に戻る方向が家の方向。

お金を下ろした後もまだトラックがいたので、帰りやすいように、スーパーの方に向かって歩き、停めやすそうな位置で待っていた。

 

ところが、ぐるっと回った車は、またスーパーを背に進み、郵便局の方へ行く。停められないからと、郵便局のある交差点を右折したのを見たので、今度はそのまま右折右折で、スーパー寄りの道に出てくるのかと思い、さらにそっちに向かって歩いて行った。家に帰るのに近づくから、その方がいいし、そっちの方が車を停める場所がある。

 

しかし、待っても来ない!

 

なんで〜?

と思って、位置情報を確認したら、さっき郵便局の交差点を右折したあと、左折左折を繰り返しいた!

んん?

と思っていると、郵便局の前でハザード点けて停車した。

 

おいおい。

なんでわざわざ交差点のところで停車?

まだあのトラックが止まってるのだから、他の車の邪魔だし、

家に帰る方向に進むと言う考えがなぜ起きない?

しかも前方に私が立って待っているのが見えないのか?手も振ってるんだけどね。

 

仕方なく、歩いて車のところまで戻った。

理由を聞いたら、郵便局の前に停めることしか考えてなかった。

とのこと。

 

少しでも家に帰る方向へとは考えつかなかったの?

遠ざかる方へ曲がるとか信じられない。

気が利かないよね、ホントに。

と言い放ち、口論になった。

 

旦那曰く、私に気遣ってあくまで郵便局にこだわって考え、

私は、買い物帰りに寄ってもらったから、早く帰ることを考えた。

 

冷静になってみると、別に旦那のしたことが悪いことではなかったのだけど、

日頃気遣いができないくせに、遣わなくてもいいところで遣って、

こちらの気遣いが無になるという点において、いらだったわけ。

 

もう結婚して17年なのですが、未だに意思疎通ができないようだ。

長男の子育てを振り返る(2)

こんにちは、えすみんです。

 

引き続き、長男のことを振り返ってみようと思います。

そうそう、前回書き忘れたのですが、あれだけの火傷を負ったにもかかわらず、

長男の顔には全く火傷の跡がありません。

右肩と右の頭のハゲを見なければ、火傷をしたことすらわからないほどです。

不幸中の幸いでした。

顔に跡が残っていたら、また違ったと思います。

 

保育園生活では特に問題があったようには思えなかったのですが、

やはり時折団体行動を乱すことがあったようです。まあ、自己中心的というか。

子どもってそんなもんじゃないの?

って思っていたのですが、他の子が出来ているという点は否めません。

1月生まれだから?

という考えもあったのですが、3月生まれの子でもちゃんとしていたりすると、

やっぱり問題かな?と思ったり、育て方が悪いのか?と思ったり、

考えることが増えました。

小学校入学前には、保育園の先生から夫婦で呼び出しがあり、小学校での問題点を指摘されました。

この呼び出しは、問題のある子しかありません。

 

問題点はやはり団体行動でした。

みんなでこれをやろうと決めたのに、自分はイヤだと1人だけ違うことをするとか、

自分の意見が通らないと怒ったり拗ねたりするとか。

保育園では先生の手も多く、いろいろ対処できるものの、小学校ではそうはいかないので、長男自身が変わらなければ難しいかもしれないという。

 

小学校になったら、野球チームに入る予定なので、そこで団体行動もチームプレーも学んで行くんじゃないかと思うと、旦那は保育園の先生に言いました。

自分もまだ子どもって、環境が変わったら、変わって行くものだろうという安易な考えをどこかでしていて、保育園の先生に言われたから、心配をしていながらも、そこまで深刻には考えていなかったように思います。

 

小学校に入学後、担任の先生も男性のベテランの先生だったこともあり、そこまで気にするような問題はありませんでした。

プリントを持って帰って来ない、連絡帳を書いてこない、忘れ物が多いというような問題はありましたが、男の子特有の(笑)ことと認識してました。実際、いろんな男の子のママに話を聞くと、ほとんど同じでしたから。

1年生の12月に個人面談があり、そこで先生に言われたことが今でもずっと心に残っています。

「お母さん、厳しく育てるのは悪いことではありませんが、あまり厳しくすると、子どもは嘘をつくようになります。」

 

この先生の言葉は正しい忠告でした。

もっと肝に銘じるべきでした。

 

確かに長男には厳しくあったと思います。私だけでなく、旦那も。

優しく言っても全然効き目がなかったというのもありますが、

やはりまだ親として未熟であったんだと。今でも未熟ですが…。

私自身、親に厳しく育てられました。同じように長男にしていました。

今ではしていませんが、叩くということもありました。

1時間近く正座をさせたこともあります。

今思えば、なんの効果もなかったです。

自分もそうでしたが、旦那に至っては、すぐにカッとなる性格で、公園に一緒に遊びに行ったのに、そこでの長男の態度が悪いと怒って帰るとか、そういうこともありました。

保育園の先生に言ったように、小学校になったら、リトルリーグに入りました。

長男も野球は楽しかったようで、喜んで行きました。団体行動もそれなりにはできていたように思います。

しかし、少し団体行動を乱したり、ワガママを言ったり、きちんとしていなかったりすると、厳しく叱っていました。

この先生の言葉は、後々より重要になっていきました。

 

1年生のときは担任の先生が良かったのか、大きな問題を起こすことなく、終わりました。保育園の先生に会った時も、うまくやってるよ!なんて話したりして。

このまま問題なく、小学校生活を送るものだと、軽く思っていました。

長男の子育てを振り返る(1)

こんにちは、えすみんです。

 

多々問題を起こす長男。

何がいけなかったのか?自問自答する日々。

長男のことを振り返ってみようと。

 

3882gというかなりの大きさで生まれたが、その後は育たず(笑)

小学校6年間、学年で前から3番目。前の2人もずっと同じ。抜かされることもなかったが、抜くこともなかった。

好き嫌いはあまりないけど、食べる量は確かに少ないかもしれない。

最近、ようやく増えてきたけど、作った弁当を多いと言って残してくることもあるから、まだまだかな。

 

1歳から保育園に通う。

特に大きな病気もなく、保育園にもすぐに馴染んで、元気に過ごしていたと思う。

この頃はまだ、団体行動が?とかいう年齢でもなかったし。

1月生まれだから、ちょっといろいろ遅いよねっていう話はあったかな。

イヤイヤ期もなかったし、外に出てもよく歩くし、勝手な行動はあまりしないし、

手こずったという記憶はない。

 

3歳の誕生日。忘れられない日。

2人目を妊娠中。8ヶ月くらい。

長男大火傷。頭からお湯をかぶってしまった。

旦那が夕飯を作っていたのだけど、海老をもらって、茹でようとしたときに、

ふと長男に色が変わるのを見せたいと思ったらしく、長男を台所に呼んだ。

フライパンにお湯を沸かしていたのだけど、海老を入れるときに、長男の腕がフライパンの取っ手にあたり、テコの原理で頭からお湯を被ってしまった。

すぐにシャワーで冷やし、救急車を呼んで、病院へ。

それから22日間の入院生活。謎の高熱もあったし。

一時は顔がパンパンに腫れて、目も開かないくらいに腫れ上がった。

右肩は今でもケロイドの跡がある。頭皮の毛穴も潰れて、右の前辺りは髪が生えてこない。

退院してからも、まだ保育園に行ける状態ではなく、4月くらいまで家で過ごした。

 

旦那と私の母は、この火傷が原因じゃないかという。

病院食を食べなかったので、先生からも好きなものでいいか何か食べさせてほしいと、言われたので、好きなものを食べていた。

そういうわがままというか、自分の好きなものばかり食べ、好きなことをして、という期間だった。

それが今の長男の問題行動に影響を与えているのではないかという。

 

影響はゼロではないとは思うけど、私はこれだけではないように思う。

だって、この後の保育園生活もそんなに問題はなかったように思うから。

息子との散歩

おはようございます、えすみんです。

 

息子との散歩の話を。

 

3人と息子がいるわけですが、揃いも揃って、散歩が大好き。

外の方が好きというのは、元気があっていいかなとは思う。

でも、でもね、一向に帰ることができない散歩というのは、付き合うこちらとしては

とても辛い。

 

長男にいたっては、散歩の最長時間6時間という驚異的な長さ。

もはや散歩ではない。まあ、公園で遊んだりもしているので、

ずっと歩いていたわけではないのだけれど。

朝10時にちょっとお散歩に行こう。あそこの公園に寄ってお昼には帰ろうね。

なんて声をかけて出かけたものの、

あっちの公園、こっちの公園といろいろ梯子をして、家に帰ったら夕方4時。

ちょっとつまむ程度のおやつとお茶しか持っていなかったのに。

それでもなかなか渋って帰ってくれなかった。

 

次男も同じように散歩をした。

長男の経験があったので、お昼を食べての午後から散歩。

それでも1時~4時。

次男は、長男よりも聞き分けがいいので、4時前に帰ろうと声をかけたら、すんなり帰ってくれた。

あちこち行くのが面倒な時は、ピクニックと称して、最初から簡単は弁当を持って、

近くの公園にシートを引き、遊んだっけ。

同じ公園に5時間いた(笑)

1度同級生の家族が公園に遊びにきたけど、すでに3時間いる話をしたらすごく驚いてた。そりゃそうだよね。普通の公園なんだし。

 

そして、三男。

これがまた1番タチが悪い。

頑固で、聞き分けが悪くて、帰らない。

12月の寒い時期に、真っ暗の中、夜6時に散歩をするということも。

まだ長男ほどの長い時間を出かけたことはないけど、近い将来ありそうだ。

 

先日は、ポストに手紙を出しに行く、近くのコンビニに粗大ゴミ券を買いに行く用事があり、1人でさっと行こうと思っていたのに、三男が勘付いてしまい、一緒に行く羽目に。

お散歩じゃないよ。用事が終わったら帰るんだよ。と何度も念を押し、

うん。うん。わかった。

と言っていた。

行く途中は、こっち?こっち?とか言いながら、手を繋いで、

寄り道もせず、ちゃんと歩いてくれた。すごいじゃん!と思ったのも、

コンビニで用事を済ませるまで。

 

コンビニを出るなり、手を振りほどき、あっちに行くと家とは反対方向へ。

これこれ。

話が違うんですけどー。

その日は用事があって、長く外に居られなかったので、泣きわめく三男を抱っこして、強制送還。

 

暖かくなったら、長い散歩に行ってあげようかな。

 

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