esminのブログ 〜わやだがね〜

3人の息子の子育てと旦那、家族を中心に、日々思ったことや愚痴、時々本の感想などを気ままに書いています。

自分が損をしないこと〜ある種の利己主義〜

こんにちは、えすみんです。

三連休ですが、特にお出かけはなく、子どもたちの野球があったりと、いつもと同じ週末を過ごしてます。

久々に簿記の勉強をすべく、1人でファミレスに来たものの、これを書いてるという(笑)

 

長男について、いろいろな問題を起こしたり、イライラしたりしていましたが、もう諦めたので、だいぶ気が楽になりました。

長男が問題を起こすたびに、どうしてそんなバカなことをするのだろうと。そんなことをしたって、何にも良いことないのにって。

長男は後先を考えず、

今、自分が楽しければいい、

今、自分がやりたいことができれはいい、

とにかく今です。

その結果、どんなに怒られようとも、その時の自分が一時的でも満足できればそれでいいという。

その行動が、余計に私をイラつかせるんですよねー。もう諦めたからいいんですけど(笑)私と長男は違うわけですしねー。

諦める前には、いろいろ長男に話をしたりしました。

1番話した内容は、たぶん、

 

自分が損をしない

 

だと思います。

結局、長男には全然伝わらなかったわけですが。

 

この自分が損をしないというのは、実母の影響が大きいと思います。というか、実母の教えと言ってもいいです。

つまり、自分のした行動で、利益を得るのではなく、いかに損をしないかということです。

 

例えば、長男は宿題をやらない、提出しないという点。

やりたくないという自分の気持ちを最優先にすれば、やらないんです。

でも、やらないという選択をすることで、自分自身は損をするわけです。

先生への印象が悪くなる→成績が悪くなる

追加課題を与えられる

放課後に居残りをさせられる→野球の練習時間や自分の時間が削られる

親に怒られる→ゲームを取り上げられる

その場限りのやりたくないという自分の気持ちを選択したことで、損することばかり。その課題そのものに、優良可の成績が付くならば、可であればとりあえずの最低ラインはあるわけで、損はしない。もしかしたら、内容はともかく、提出すれば可なのかもしれない。

 

他にも、長男は授業中の態度も悪い、聞かない、板書しないという点。

授業を聞きたくないという自分の気持ちを最優先にしているわけです。

先生の印象が悪くなる→成績が悪くなる

休み時間に先生に謝罪をする→休み時間が削られる

授業がわかってないから、テストで点が取れない

→追試や追加課題をやらされる

→放課後など自分の時間が削られる

→赤点が多いと親が呼び出しをくらう→親に怒られる→ゲームを取り上げられる

授業を聞いていても、点は取れないかもしれないけれど、全く聞かないよりはマシ。自分が損をするという度合いが減る。

 

自分が大儲けをしようと、自分が多くの利益を得ようとするわけではなくて、自分の損失をいかに減らすことができるのかということ。

長男は人間関係でもしょっちゅう揉め事を起こしてきたが、余計な一言を言ったりする。

相手がムカついた→暴言を吐く→殴られる→殴り返す→怪我をする

こういうパターンもある。

自分が怪我をするのも損をするが、相手が怪我をする方がもっと損である。学生時代のいざこざはまだかわいいが、社会に出たら、損害賠償だの慰謝料だの、もしくは前科が付くか付かないかということにまで及ぶ。

相手がどれだけムカついても、それに対して、自分が損をしない対応をしないと、ムカついたという一時的な感情で行動したら、自分が損をしてしまう。

 

私自身もどちらかというと、意見をはっきりいうタイプで、嫌われたり、敵を作ることが多かったので、その点はあまり強く言えない。でも、相手は選んでいた。つまり、嫌われても、自分が損をしない相手であるということ。自分の人生において、自分が主人公であるとするならば、通行人程度の相手であるということ。

先生に好かれようとは思わないが、かと言って敢えてこちらから嫌われるようなことはしない。

不良っぽい子たちと仲良くする気は全くないし、付き合う気もないし、敢えてこちらから話しかけたりもしない。

見た目は不良ではないけれど、陰湿な人たちとも、付き合わない。一度仲間にされそうになった時期もあったけれど、慎重に距離を置いて離れた。

特に何かをしたわけじゃないけれど、自分を嫌って離れていこうとする人を無理に追いかけたりもしない。

どんなに仲のいい人たちであっても、一緒に行動することで、自分が損をすると思えば、一緒には行動しない。

 

最終的には、1人で行動することが多かったように思うけれど、でも遊ぶ友達が全くいないわけでもなく、たぶんお互いに居心地のいい人だけが残ったんだと思う。

長男の年齢で難しいのかもしれないし、男と女ではまた違うのかもしれないけれど、長男もまたいわゆる「つるむ」という行動はしていないし、好きではないようだから、周りに流されて、変な方向には行かないとは思うけれど、もう少し慎重になって欲しいかなと思ったりする。

 

仕事において、上司にはあまり逆らわない方がうまくいくことが多いけれど、それでも私は考えていることや思っていることをなるべく言うようにしているし、前職でも経験したが、コンプライアンスに訴えたりすることも平気でする。

なかなか良い上司に巡り合ってはいないけれど、自分の意見を言わなくて、鬱々とすることの方が損をしている気がしてならない。

もしかしたら、意見を言うことで、良い方向に行く可能性もゼロではないと思うからかもしれない。

とはいえ、意見を言う相手は選んでいる(笑)

 

そう考えるとママ友の類は、子どものその年代でしか付き合わない一過性のものと捉えているから、表面的な感じで、あまり深く関わったりはしていない。中には、長く付き合うことになる人もいるかもしれないが、それはそれ、きっと学生時代の時のように、お互いに居心地のいい人が残って行くんだと思う。

 

実母の影響なのか、自分の今までの経験値なのか、自分の生まれもったものなのかわからないけれど、自分が相手に感じた第一印象が外れたことがない。この人とは合わないなと思うと、ホントに合わないし、向こうも離れて行くし、この人はなんとなく長く続くなと思う人はやっぱり長く続く。第一印象によって、態度を変えたりはしないけれど。

だいたい他の人から◯◯さんがこういう人とは思わなかったとか聞いても、驚くことは少なく、そうだろうねとか、やっぱりなということの方がほとんど。

 

友だちも少なく、言いたいことを言ってる自分が人間関係の構築にものすごく長けているというわけではないだろうから、子どもに大きなことは言えないけれど、うまくやっていってほしいなと思う。

自分の神経をすり減らしてまで付き合う人間関係なんて、自分が損をしている。

 

いろんな局面において、自分が損をするのかしないのか、損をするにしても度合いは大きいのか少ないのか、その判断がうまくいけば、大抵のことは大丈夫だと思っている。

ある種の利己主義なのかもしれないけれど、自分にとって損をしない、もしくは損をしたとしても、度合いをいかに小さくできるのかを考える。

ここで大事なのは、あくまでも損をしないことであって、得をすることではない。損をしない行動をしたことで、結果的に得をするというのは有り。